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大西宏のマーケティング・エッセンス
マーケティングを中心に、日々のニュースなどで感じたことを書き綴っています2005年FPNアルファブロガー ・・・【このブログの記事一覧を見る】
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余部橋梁、まだ明治と平成が並んでいた
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余部鉄橋に最後に訪れたのはいつだったのかと思って自分のブログを検索すると、新しい橋に替わるほぼ一年前、2007年の9月でした。
大西 宏のマーケティング・エッセンス : マンションなら12階分を歩いて登り降りる駅 - ライブドアブログ:
どう変わったのかと再訪してみると、古い橋梁がわずかに残っていました。人気の高かった古い橋梁ができたのは明治45年。新しい橋梁は平成で、ふたつの時代の技術が対照的に並んでいます。
古い橋梁はアメリカの橋梁設計の専門家のアドバイスを受け、鋼材をドイツから輸入して建設した、国境を超えたプロジェクトだったようです。その姿に人気は高かったのですが、昭和の時代に起こった余部鉄橋列車転落事故が橋梁の架替計画につながったのだと思います。日本海からの強風で煽られ、列車が転落。乗客はいなかったっものの、橋梁真下の水産加工工場を直撃し多数の犠牲者がでた、にわかには信じられない事故でした。
当時は、ノスタルジーがあり、景観がよく、人気の観光コンテンツであった古い橋梁を残すのか、安全性を高める新しい橋梁をつくるのかの悩みもあったのでしょうか。
撮影スポットが違うので比較にはなりませんが、以前撮ったものと昨日撮った写真です。昨日も余部橋梁を見ようと訪れる人はいたので、姿は変わっても人気スポットなのでしょう。古い橋梁を記念に一分残すのか、すべて撤去するのかどちらでしょうね。

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